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そうなってる理由

職場に年配の男性がいます。
良い人か悪い人かと言えば間違いなく「良い人」と言えるような人です。

両親は早くに亡くなり、
兄弟も早くに亡くなったので、
その兄弟の子どもたちを自分の婚期を遅らせてでも立派に育てるため、
学費を出してあげたのだそうです。

大学まで出してもらって、今はもう良い大人になっているとのこと。
さぞかしその子たちは叔父に恩を感じ、
今でも感謝を持ってその人に接しているかと思えば、
音信不通なのだそうです。
恩知らずだと言わんばかりの声のトーンで彼は言っていました。

しかしなぜ甥たちと音信普通なのか、
私にはよくわかります。
私も腹ン中で彼のことを「クソジジイ」と呼んでいます。
良い人だけどクソジジイなんです。

本人は甥たちがなぜ離れていったのかまるでわからない様子。
でも周囲の人たちにはそれがなぜなのか本当によくわかる。

・「察する」が出来ない

・相手が嫌な顔をしなければ何を言ってもよいと思っている

・自分がいい事だと思うことはみんないい事だと思ってると思ってる

・周囲の人を使ってでも自分が気まずい状態を作りたくない

・己を客観的に見ることが出来ないし見ようとも思っていない

なのでああなってるんです。
本人好きでああなってると言ってもよいでしょうね。
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鏡を使っているかどうか

ある人は「あの人は私に嫉妬している」と言いました。
しかし他人から見ればその人は誰かから嫉妬されるほどの立場の人には見えず、
嫉妬していると言われた人の方がどう見ても色々なものを持ち合わせているように
見えます。

この人は相手が嫉妬していると言いながら、その相手に嫉妬しているのが
傍から見ていてわかります。
他人からどう見られているかをとても気にする人で、
自信満々のそぶりを見せながら実は自分に自信がないんだな、というのが
気の毒なほどに感じ取れます。

また別の人は「あの人は相手によって人との接し方が違う」と言いました。
しかし他人から見ればその人こそが相手をランク分けして扱いを変えているように
見えます。

この人はすべての人に平等に接さないのはいけないことだと考えている
ようなのですが、実際には心の中で相手をランク分けしているのが感じ取れます。
本人は平等に接することができていると思っているようで、
おそらく、ランクが「下」であると判断した相手には接し方がとても機械的。

私だったらどちらの生き方も楽しめそうもないです。
実際どちらの人と話をしてもつまらない、楽しくない。
またちっとも楽しそうに見えない。

大事にしているものが違う、というだけの話ではないです。
己を客観的に見られないというのは誰しもその部分はありますし、
それだけではない。
「己を客観的に見る必要がある」という認識があるかどうか、です。

価値観が違っても、己の状態を冷静に把握している人や、
そうしなくてはならないという意思を持っている人たちとのかかわりは
楽しいのだと最近考えるようになりました。

お役目

三年前の今日「今の自分に何ができるか。」を真剣に考えさせられました。
そういうことでもなければ、自分について本当に本気で考えることなど
自分はしてこなかったのかも知れないということを認識しました。

少し時間が過ぎて、忙しさやらなんやらでそういうことが
どこかに行ってしまいそうな時、
また自分について考えさせられる機会を与えられました。
否応なしに行動を起こさなくてはならないような状況とともに。

昨年末にも職場の人が急逝しました。
仕事に一生懸命で、とにかく人のため人のためというような方だったようです。
人望も厚く、どんなに忙しくてもその人がカリカリしているのを見たことがない。
いつも誰かを気遣っているのが見て取れるような人でした。

私の働いているところは現場の人のちょっとしたつぶやき場所みたいに
(みんな聞き流してくれる人ばかりだから言いやすいご様子)なっており、
その人が亡くなってから何人かが同じようなことをつぶやいていました。

「あいつが亡くなったのを見て近頃思うようになった。
もっと自分が思うように、好きなように生きるべきだなぁ・・・。」

とかなんとか。

(中には「あんた、それ以上自由になっちゃぁ・・・」って人もいるんですが)
多くの職場の人たちに一石も二石も投じて去っていったあの人は、
偶然亡くなったわけではないのかも、と思ってしまいます。

「自由に」「好きなように」とはどういうことになるのでしょうかね。
ただの身の自由、自己中心的な行動を指しているのではなく、
「魂の自由」でしょうか。

死という形をもってだけではなく、潜在意識(とか天とか)はあらゆる手段で
私たちにメッセージを投げかけてくれているようです。
(ヤな人やら目を引く人が出現するとか。シンクロとか。)
ただ感情に振り回されるのではなく、
この流れにはどのようなメッセージが隠されているのだろうかと
わが身を振り返り、受け入れる姿勢を持ちたいものです。

それぞれの役割

「お母さん。働かないアリっていうのがいるんだって。
それで、そのアリにもちゃんと役割があるっていうのをこの前テレビで見たよ。」
と息子が教えてくれました。

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)
(2010/12/31)
長谷川 英祐

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何年か前に出た本の内容のようです。

ざっとググったのをざっくり書くと、そういうアリは「いざという時」に働くらしい。
この国にも「働かない青年」が存在しますが(私の身近にも心あたりが。)、
もしかすると本当に「いざという時」のために働かないのかも知れませんね。
重要な役割を果たすその時まで、潜在意識から働かないように働きかけられて
(ややこし)いるのかも。

働かない人を「甘えている」という人もいる(そう思ってる人は多いのでは)。
ご立派な人(皮肉じゃなく)だからそういう風に言えるのだと思います。
自分に非があると感じず、欠けたと感じるところもなく、自信に満ち溢れ
威風堂々と生きているような。
すごいですね。
どっか欠けてると自覚しながら、どういう風にそれをカバーしながら
生かしながら生きていけるかと考えている自分には羨ましい限り。

でもそういう人たちは、自分が欠けていると感じない素地をもって
生まれてきたことや、しっかりと自信をもって生きていけるような環境で
育ててくれた人たちの存在に恵まれていたんだな、とも思います。
自分一人でそういう自分を獲得したわけではないのではないですかね。
(欠けている自覚を持っている人たちもまた別の形で恵まれていると
思いますが)

ただ甘えているで片付けて見下したり軽蔑したりするのもまた1つの価値観です。
しかしこの世界に偶然はなく、すべての人たちは必ず何かの意味(役割)
をもって存在しているのかも知れないと思う方が私は楽しいです。

その「いざという時」とはどういう時なんでしょうね。
そう遠い日のことではないような気がします。





陽が昇る

ブログのが更新が楽ですな。
と、久しぶりに書いてみて思いました。
HPのがいらんもの(宣伝とか)がなくて好きですが。
タダで使っておいて文句言うこの厚かましさ。
そこがオバちゃんなんだね(中身はすでにオジちゃん)。

サイトの更新もなかなかで、
忙しいというのが理由にならんくらい。
身の忙しさはそうでもなく(私ぐらいの状態で更新する人はする)、
とにかく思いや考えがごっちゃごちゃでまとまらんかった時期でした
・・・てか現在もきれぎれの感じです。
(更新せねばという意思はあったが、キーボードの前で天寿全う寸前の
パソよりも私のがフリーズするような・・・)

今は書くのにも追いつかないというところからやっと解放されつつあるかね、
という状況になってきたので、
また妄想やら、出来事やら、占いのことやら書いていきます。
この更新しやすいブログも助けになってる感じです。
パソ移行の件も、今記事更新するための必然ってことにしときたいですな。


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